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【街の灯を消すな】福島県須賀川市part25【歴史と伝統】
747 名前: ゆきんこ 投稿日: 2018/09/17(月) 09:05:38 ID:I1CpC1VA [ sp110-163-216-71.msb.spmode.ne.jp ]
須賀川にはかつてデパートがあった。「広い地球の 真ん中の ショッピングは楽しい 赤トリヰ(い)」。テレビCMもばんばん流れていた。

 須賀川は江戸時代、宿場町、商人の町として栄えた。芭蕉が奥の細道の旅で長とう留し「風流の初(はじめ)やおくの田植歌」などの句を残したことでも知られる。奥州街道沿いに街が発展し、現在の県中地方の中枢都市だったが、明治以降、その座はすっかり北隣の郡山に奪われた。「鉄道の開通を敬遠していたら、郡山に県中の中枢都市の座を奪われた」。真偽は定かではないが、街の古老から「郡山には負けていない」と気概ある言葉が今でも聞こえてくる。

 ◆何でもそろう

 1976(昭和51)年。須賀川市中町に地上5階、地下1階のデパート赤トリヰが誕生した。当時合併前の市の人口は約6万人。2階建てがほとんどの商店街のど真ん中に建てられたビルは、赤い鳥居をモチーフにした看板がビルの上について5階建て以上の大きさに見えた。

 前年の75年には、西武、丸井、ダイエーがそれぞれ郡山店をオープンさせ、老舗のうすい百貨店、郡山丸光と激しい売り上げ争いを展開していた頃だった。

 「ストップ・ザ郡山が旗印だった」。

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