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神奈川の民俗・歴史 1
652 名前: STAY HOME 神 奈 さ ん 投稿日: 2021/06/06(日) 09:45:38 ID:9iY4ADig [ M106073073161.v4.enabler.ne.jp ]
>>650
3人セット!そうでした!
軍役は馬で出陣する事と槍持ちと指物持ちを随行させる事は義務でしたね!

じゃあその分がカウントされて3倍なのかと納得しながら、つらつら資料を見ていたら、そうとも言えないのかもしれないという物を発見してしまいました。

ちょっと長くなりますが、順を追って説明いたしますね。
当時の豪農達は、農家をやりながら時には戦争にも行くものだと、私は思っていたのですが、年貢を納めるものと年貢の代わりに軍役を行う者は台帳でキッチリ別れていたようです。
そして、軍役で奉仕している豪農達は百姓軍というという部隊に配属され、手柄次第によっては侍に昇格。
つまり、年貢を払う立場から禄を貰う立場に。
とはいえ、この百姓軍が手柄を立てることは珍しいようで、北条五代記には、二人の百姓が敵の首をとった事を珍事だの前代未聞の働きだの書かれています。(ちなみにこの百姓、一人は相打ち、一人は侍に昇格)

で、ここからが本題。
後北条は、秀吉の小田原攻めを迎えるにあたり、兵力増強をはかり、軍役負担ではない豪農達も半ば強制的に軍事動員したようです。
かなり切羽詰まってたんでしょうね。
でもまあ、元々あまり役にたたない百姓軍に、何の経験もない人達を増員しても兵力増強になる訳もなく...
なので、秀吉vs後北条は、目に見える数字以上に戦力差があったようです。
どうもこれが3倍のからくりであり、「百姓は戦争があったら戦争に行く」という兵農未分離のイメージの元であるようです。

ちなみに、トップが代わると、侍に昇格した百姓も「お前やっぱ百姓ね」と百姓に戻されてしまう事も多かったようです。
そうなると、大抵の場合は、百姓上がりの侍の所領は自分の土地(つまり年貢として納めていたものがその侍の禄になる)なので、場合によっては、領地取り上げ=自分の土地取り上げられる、になるので他所に流れるしかなくなるみたいです。
もちろん、それが全てではないので、仰るように檀家の問題などもありそうですね。

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