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■(呉市)警固屋or鍋のもんおらんかのー?■PART2
122 名前: 名無しなんじゃ 投稿日: 2020/11/08(日) 00:10:56 ID:Cm8jvvzA [ p1374117-ipngn200813niho.hiroshima.ocn.ne.jp ]
>>119
ちょうどあの辺りは山が迫ってて道が狭くなってる箇所ですよね。

呉市制100周年記念「警固屋の歴史」という薄い本を読み返してるんだけど、これが猛烈に面白い。
昭和初期の商店街事情なども、実店舗名入りで詳しく書いてある。
平成15年発行‘平成23年改訂で、図書館にもあると思うのでお勧めです。

1619年の資料に「なへけこやとりのひら村」というのが出てくる云々から始まって、、
大昔は警固屋と鍋は山を越えて行き来するルートしかなかったらしくて、
昭和3年に安芸郡警固屋町が呉市と合併する以前から、警固屋と鍋はちょっとした敵対関係にあったらしい。
今のバス通りのような海沿いの道はまだなかった頃の話。
音戸渡船場から阿賀方面への道がまだなくて、船で通ってたという状況にも似てるみたい。

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