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★★★★箱庭シティー[福島市]を語りましょうPart167★★★★
953 名前: ゆきんこ 投稿日: 2018/02/16(金) 05:16:44 ID:hwtvZ0aw [ APy1I3A.proxy30025.docomo.ne.jp ]
矢野目は古い資料にも、奥州信夫郡矢野目村とあるから、かなり昔から普通に農村だったと思う。
 
後三年の役の話。
源義家軍先鋒、鎌倉権五郎景政は、右目を矢で射抜かれても奮戦。清原軍を撃破した。
合戦後、仲間の三浦平太郎為次が手当てをしようとしたが、矢が抜けない。
そこで景政の顔に足を乗せて無理に引き抜こうとしたら、景政大激怒。
「武士だから戦死は仕方ないけど、顔面踏まれるのは不本意だ」
「そりゃそうだ、ごめん」
で、為次があらためて傷口を水で洗い、矢を引っ張ったら今度はすんなり抜けた。
景政も眼球こそ失ったけど、大事には至らず生還した。
以来、傷口を洗った清水には、片目のフナやドジョウやカジカが住むようになったとか。
これが「矢野目」の地名の由来。
この鎌倉権五郎景政、確か、鎌倉幕府開闢時の源頼朝の重臣、梶原景時のじいちゃんだかひいじいちゃんだかじゃなかったかな?
 
今もイオン通りのハードオフの北、ハシドラッグ北店の北側裏手にある公園に、その泉が残ってる。
目っ子清水とか片目清水とか呼ばれてるよ。
 
面白い事に、岩手県盛岡市厨川や宮城県亘理町柳沢とかにも、まるっきり同じ伝説が残ってる(宮城の柳沢は「矢抜き沢」の転訛)。
これは多分、「いい話だからオラガ村で起きた事にしよう」って事ではなく、
源軍が関東に帰る時、何度か手当てを繰り返して、あちこちに同じ伝承が残ったんだと思う。
 
長文、済まんかった。

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